こだわり物語 モノの価値を正しく伝える 
Presented by Arts-eihan

コイケヤ ポテトチップス

~情熱が生み出した正真正銘メイド・イン・ジャパンのポテトチップス~
株式会社フレンテ

今から50年前、戦後の混乱も治まり、高度経済成長初頭の上野。

東北から集団就職列車が次々と到着し、賑わいを見せるこの街で、小さなお土産店を営む一人の人物がいた。
彼の名は、小池和夫。

当時、豆やさくらえび、油で揚げた小麦菓子をミックスした袋菓子「お好み揚げ」という商品で成功し商売も軌道にのりはじめていた小池だが、
彼の中には常に、
「次の時代にヒットするものは何か?」
「 売れる商品を発明したい」という情熱が渦巻いていた。

そんなある日、小池は仕事仲間と訪れた飲み屋で、生まれて初めてポテトチップスを口にする。

「こんなにおいしいものが世の中にあったのか!」
と感動した彼は即、彼の右腕であった職人にじゃがいもを買ってくるよう指示。
ポテトチップスの商品化に向けて、研究を開始する。

そこからは飲み屋で食べた記憶だけを頼りに、じゃがいもの種類、厚み、揚げ時間や温度など、試行錯誤を重ねる日々。
しかしながら、出来上がるのはあのパリっとした食感とは程遠いものばかり。
来る日も来る日も、作ってはじゃがいもの残骸を捨てる作業の繰り返しであった。

そんなある日ポテトチップスづくりにへきえきした職人は、
『なんでこんな、食べられるかどうか分からないものを作らなきゃいけないんだ!』と、食って掛かった。
しかし小池は、
『おまえは黙ってろ!これからはこういうものが絶対に売れるんだ』と、一蹴した。

日本初!正真正銘メイド・イン・ジャパンのポテトチップスが誕生

そして研究を続けること1年。食感、味ともに小池の納得行くポテトチップスがついに完成する。
味付けは、日本人になじみの深い「のり塩」。

価格は1袋100円程度であり、これは当時、コーヒー1杯40円、
山手線1区間が15円であったことを考えると高級なお菓子であったが、評判は上々。
たちまち需要に供給が追い付かなくなって行く。

当時は釜に油を張って、大きなざるに芋をいれて揚げていた。
180~190度の油の温度を「指」で計って、人の目で見て焦げないようにしていたのだが、それも釜3つが限界だった。

そこで小池が思い至ったのが、工場の油で揚げる工程の機械化。
すぐにスナック菓子の本場、アメリカへと機械メーカーを伴って飛び立ち、ポテトチップス工場を視察して回ったのであった。

帰国後は、国内で初めてポテトチップスのオートフライヤーの開発に成功。
昭和45年には埼玉県加須市に関東工場を設立する。

しかし同時に小池には大きな難題も残されていた。

それは、従来のじゃがいもの品種、男爵では、焦げやすいという特徴があり、商品のロスが多くでてしまう点。
そこで彼は北海道に赴き、現地の農家と独自に契約。
じゃがいもの品種の研究に励み、ついには糖分や水分が少なく、でんぷんが多い、ポテトチップスの専用品種との出会いであった。

* 農林1号からはじまり、ワセシロ・トヨシロと続く

ライバル出現による売り上げ低迷と再起

すべての条件が揃い何もかもが順調だった同社にも、70年代中旬に転機が訪れる。

他の大手菓子メーカーがポテトチップスの販売に着手、低価格競争を仕掛けてきたのである。
その後徐々に売り上げは低迷、苦境に立たされた小池はこのときたった一度だけ家族に弱音を吐いた。
「もう続けられないかもしれない」と…。

しかしすぐに、ポテトチップスの量産化に成功したときの熱きスピリッツが甦ってきた。
「今までと同じことをしていてはだめだ」「他社がやらないことをやらなければ」。

そこで、「日本人は辛いものが好きなのに、辛い商品が少ないのではないか?」
「従来のターゲットであった女性や子供向けではないお菓子は作れないか?」
との思いを胸に、1984年に生み出したのが、あの日本列島に激辛旋風を巻き起こした「カラムーチョ」だ。
「辛い=カラ」「もっと=ムーチョ」と独自のネーミング「カラムーチョ」を発明した!

発売当初こそ、「こんな辛いもの、誰が食べるのか」とスーパーマーケットに置いてもらうことさえできず、苦戦続きだったという。

しかし、当時勃興期であったコンビニエンスストアで学生や男性客の心をつかむことに成功。
その評判はじわじわと口コミで広がり、全国区で爆発的なヒットを記録した。

以降同社は、飽くなきフロンティア精神で、「スコーン」「ポリンキー」「ドンタコス」と、
おいしくて楽しい湖池屋独自のお菓子ブランドを次々と生み出して行く。

そして湖池屋設立から50年を経過した2009年に、ポテトチップス「プレミアムのり塩」を発売。
*2011年3月には、>プレミアムのり塩・プレミアムコンソメを全国に発売。
低温でじっくりと丁寧に揚げる50年前の釜揚げ製法を再現した逸品だ。

こちらの商品には同社のある思いが込められている。

「実は今主要なポテトチップスメーカーで、職人さんが手揚げしていた時代から続いているメーカーは湖池屋しかないのです。

そこで私たちは、当時のことを皆様に伝承できる唯一のメーカーとして、本商品を発売することにいたしました。
50年前の味を知る方にも、懐かしく感じていただけたらうれしいですね」(広報一ノ瀬さん)

こちらは、じゃがいもの豊かな風味とバリッと確かな歯ごたえが楽しめるリッチな味わい。
50年前に初めてこのポテトチップスを口にした人々は、あまりのおいしさに驚き、
そしてとても幸せな気持ちに包まれたであろうと想像せずにはいられない。

写真: 株式会社フレンテ
http://frente.co.jp/

会社概要

株式会社フレンテ

住所 〒175-0094
東京都板橋区成増5-9-7
設立 1977年1月
資本金 4億100万円
従業員数 432人
URL http://frente.co.jp
持株会社である株式会社フレンテのもとにスナック事業の株式会社湖池屋、タブレット事業の株式会社フレンテ・インターナショナル、ビジネスサポートの株式会社アシストを事業会社とする企業集団です。